肥薩線(特急いさぶろう1号)
11月2日(金)、午前8時過ぎ。
九州・沖縄鉄道旅行も6日目となりました。
いよいよ今日でJR線完乗ができると思うと、なんだか感慨深い気持ちになりますが、しかしここで油断してはいけない。
今日も九州は好天気だそうだから、大雨の心配はまずないといっていいだろうけど、地震と噴火、人為的事故の余地は残されています。
起こる確率は極めて低いけど、絶対とは言えません。
なにしろ、この旅行を始めてからというもの、災難どころか雨にすら降られていない好運が続いています。
こういう時こそ、落とし穴がパックリと開いて待ち構えているから、心せねばなりません。
今日中に沖縄へと飛んで行くので、宿の到着予定が午後8時半と遅いですが、まあ仕方ありません。
長い1日になりそうだけど、のんびり楽しみたいと思います。
2両編成の車両は、一般車を改造したものです。
平成29年(2017年)3月に、特急かわせみ・やませみが導入されたと同時に特急に格上げされ、それに伴って特急料金もかかるようになりました。
始発駅ですが、私は指定席を取りました。
その理由は、指定席は4人がけボックス席に充てられますが、自由席はロングシート部分7席しか用意されていないからです。
この設備でよく特急料金取れるなと思いますが、以前の快速列車よりも通過駅が多くなり、速達性を考慮してのことでしょう。
戦前の二等車あたりに返り咲いた趣です。
座席こそ特急列車としてはお粗末ですが、観光列車という性格ゆえ、アテンダントさんが2名ほど付き、車内販売や沿線の案内をしてくれます。
ただし、これは快速列車の時にも行われていました。
その他、展望スペースが設けられていて、テーブルの上には肥薩線の案内マップやお知らせ、記念乗車証とスタンプ、本などが並べられています。
乗車人数は10人弱でした。
今日も青々とした空に刷毛(はけ)でのばしたようなすじ雲が広がり、穏やかな陽気です。
川はエメラルドグリーン色をしていて、流れは概して速い。
2年前に乗った時は雨で、霧が山々を包んでいたから、さながら水墨画を呈していましたが、あれはあれで良かったと思います。
ですが、2度目も雨では景色がダブってしまい、興醒めです。
その点、今日は山や川、集落がまるで微笑むような表情を見るようで、緊張感がほぐれてふわふわとした心地になります。
そんな景色を眺めていたところへ、アテンダントさんが車内販売でやってきました。
飲み物や軽食、キーホルダーなどがありましたが、買いませんでした。
それから「栗めし」の注文を訊ねてきました。
栗めしとは、人吉駅前に構える「やまぐち」というお店が製造する駅弁のことで、栗の形をした器に、たっぷりの栗が入った炊き込みご飯や煮物などがのっています。
2年前に食べたことがあり、ヘルシーな内容で小腹が空いた時に都合の良い量だと思いました。
食欲をそそりますが、この後吉松駅で1時間40分以上の待ち時間が控え、そこで昼食をとる心づもりでしたから、これも注文しませんでした。
渡駅の先のトンネルを抜けると、土地が一気に開けてきました。
人吉盆地に入ったのでしょう。
住宅街やロードサイド店が姿を現し、10時4分、人吉駅です。
新たに10人ほど乗ってきました。
なんと、対面にはクルーズトレイン「ななつ星 in 九州」が停車していました。
ホームに出て写真に収めたい気持ちに駆られましたが、惜しいことに私の乗る列車はすぐに出発するとのこと。
せめて5分ぐらい待ち時間があればと歯がゆさがありましたが、先にクルーズトレインがゆっくりと出発し、間もなくして当列車も人吉駅を発車しました。
ほとんど観光路線化していますが、周囲に民家は非常に少なく、山の頂上を目指している感じで列車はゆっくりと登っていきます。
この駅は桜の木が並んでいて、春に見頃を迎えます。
今はもう枯れ木となって、殺風景でしたね。。。
大畑駅には、かつて駅の掃除をしていた男性と、その男性を慕う犬がいて、男性がスズメバチに刺され、倒れていたところを、この犬が通りかかっていた列車の乗務員に知らせたことで、一命をとりとめたという逸話があります。
なんだかほっこりするお話ですね。
駅前には今年9月にオープンしたばかりのレストランがあり、ランチやカフェを楽しめます。
料金が高いけど、地元食材を使った、ここでしか味わえない料理を堪能できるのでしょう。
「えびの高原線」という愛称が示すように、だんだんと高原の様相を呈してきました。
列車が遅い分、苦労して登り切ったという印象ですが、これでも豊肥本線の波野駅には200mも及びません。
あちらの方があまり高いという感じがしないのですが。。。
それはさておき、この駅では8分ほど停車するということで、駅前を少し散策します。
駅を出て左手に、「人吉市SL展示館」があります。
展示館といっても、D51形蒸気機関車が保存されているだけです。
その横で、小さな物産展が開いており、長机の上に地物の食材が並んでいました。
車内販売では何も買わず、駅弁も買っていない私は、せめて1つでも買って経済貢献しようと、すでにカットされた梨を1パック買いました。
アテンダントさんの話では、ここのおじいさんはほぼ毎日立ってお店を開いているそうです。
まさか11月になってからも梨を食べるとは思いませんでした。
甘みはさすがに鳴りを潜めていましたが、すっきりとした味が広がり、あっという間に平らげてしまいました。
列車はここで一時停止して、アテンダントさんが案内してくれます。
写真では分かりませんが、この時、右の奥の方にうっすらと桜島が見えました。
私の席はこの車窓とは反対側ですが、乗客が少ないから、空いている席に座ってもお咎めなしです。
下に見える町は、「京町温泉郷」です。
運転士と車掌は、その度に移動しなければいけませんから、大変ですね。
こちらも4分ほど停車します。
待合室には猫のエサが置いてあります。
しかし、肝心の猫は外出しているようでした。
猫が入れるよう、待合室のドアは少し開けておくようになっていました。
駅前には民家が1軒も見当たりません。
縁起の良い駅名ですが、その名前に反して、この辺りは災害に見舞われる厳しい所で、1972年(昭和47年)の豪雨で土砂崩れが起き、死者4名、負傷者5名のほか、周辺の住宅も飲み込まれてしまいました。
住人は移転し、結果、人家のない駅になってしまったのです。
また、この先の山神第二トンネルでも悲惨な事故が起こっています。
1945年(昭和20年)8月22日、多くの復員兵を乗せた汽車がトンネル内で立ち往生しました。
煤煙まみれで息苦しくなった復員兵はトンネルから抜けようと、次々と列車から降りていきました。
その状況を知らない機関士が、汽車をバックさせたところ、次々と復員兵を轢き、56名もの死者を出してしまいました。
戦争が終わって、もうすぐ家族や知人と会えただけに、余計に悔やまれます。
私はもう列車に乗れるだけで幸せですから。
列車は真幸駅を出発して、どんどん下っていきます。
左から、次に乗る吉都線の線路が近づいてきて、11時22分、吉松駅に到着です。
次の吉都線が13時6分出発ということで、ひとまず休憩です。(続く)