根室本線3(新得~根室)
午後2時になっても、列車は来ませんでした。
陽が差し込むほどだった空は、再び白い雲に覆われ、霧雨が舞うようになってきました。
雲がまるでジェット気流に乗っているかのように、次々と南東の方へ流れていくのを眺めながら、私はホームで待っていました。
「お客様にご連絡いたします。
そのため、ただ今、約15分の遅れで運転しております。
ご迷惑をおかけしますが、もうしばらくお待ちください。」
なにしろ学生がちょうど帰宅する時間ですから。
1つ向こう側の2番線に、札幌方面へ向かう特急列車が先に到着し、次に釧路行きの列車がようやく到着しました。
ドアが開き、車内に入ると、右手に荷物置き場があることに気付き、そこにキャリーバッグを置きました。
客室へ入り、両側がほぼ満席状態であることを確認しながら通路を通り、指定席が山側かつ窓側でしたので、通路側の乗客に気兼ねしつつ、席に座りました。
15分遅れの14時8分に出発。
帯広駅で半分以上の乗客が降りていきました。
と、ここで釧路駅からの乗り換えについて放送されました。
どうやらこのままの遅れだと、16時5分発の網走行きと、私が乗る予定の16時17分発根室行きの列車が間に合わないらしく、乗り換える予定の人は、車掌が通った際、知らせてほしいとのこと。
放送が終わり、しばらく待つと車掌さんが来て、少しずつ前に進みながら「釧路でお乗り換えのお客様いらっしゃいませんかー」とお知らせしていました。
私は車掌さんを呼び止めて、根室方面に乗り換える旨を伝えました。
「ありがとうございます。もうしばらくお待ちください。こちらもどれぐらいいるのか把握したうえで、関係箇所に連絡を取らないといけないので。」
と言って、前の車両に移っていきました。
池田駅を過ぎ、広い畑地帯を高速で駆け抜けます。
これまでちょこちょこ水分摂取をしてきたせいか、どうにも落ち着かなくなり、小用を足そうと男子トイレに行きました。
立って準備が整ったのですが、いかんせん上下左右に激しく揺れ、片方の手は手すりにつかまらないと姿勢が保てないほどです。
そういえば、この特急列車の車両は「振子式」という装置が働き、急カーブでも遠慮なしに高速走行ができますから、走行中ほどやりづらいのはありません。
ガクッと大きな揺れで頭をぶつけ、結局、洋式のトイレに移動することしました。
厚内駅から海沿いを走りますが、席が山側のため、見ることができませんでした。
もっとも、明日も通りますから、気にはなりません。
車内放送が入り、件の2列車については、接続時間を取ってくれるとのこと。
もはや海側の席に座れる望みは薄いですが、この際、乗れるだけでもマシでしょう。
乗り換え客の方は、とにかく遅れぬよう一目散にお目当ての列車に向かいました。
車内はほぼ満席状態で、海側の席には老年の観光客や会話に花を咲かせている女子高生たちで占められました。
短い横向きのベンチ型席に、かろうじて1人座れるスペースを見つけましたので、私はそちらに座りました。
すると今度は、ついさっき着いたばかりの特急列車が、もう札幌方面に折り返して行ってしまいました。
休憩時間も与えられないほど酷使されているようで、不憫に思いますが、もともと16時14分発で遅れている以上、しかたありません。
当方の列車は、信号が開通次第に発車するということで、16時20分過ぎに釧路駅を出発しました。
客室は狭いので、後ろのデッキにたむろし、立ったり寝そべったりしてスマホをいじり始めました。
後ろのドアは開かないことを高校生たちは熟知しているらしい。
東釧路駅を出た列車は、しばらくの間、林の中ばかりを通り、景色としてとりわけ面白いものではありません。
やがて、有人駅の厚岸(あっけし)駅に着くと、高校生たちが一斉に降りていきました。
海側の席が空き、私はそこへ移動しようと思いましたが、キャリーバッグで隣の席をふさぐことに気が引けました。
そこで、一番後ろの転換クロスシート席の背後と、横向きシートの間にスペースがあり、キャリーバッグをそこへ入れてから、席に座りました。
厚岸駅を出発した列車は、牡蠣(かき)の養殖で盛んな厚岸湖をすれすれで通ります。
湖といっても、厚岸湾とつながっており、太平洋の一部とみなすこともできるでしょう。
厚岸湖と連続して、別寒辺牛湿原(べかんべうししつげん)が現れてきました。
この辺りは6月から千島海流の影響で海霧が発生しやすいのですが、この日・この時は、ある程度の雲を残しながらも、晴れ間が広がり、西日が後ろから照らしていました。
運転士さん(というよりJR北海道?)もそのことを知っているのか、減速して列車のシルエットとともに、ゆっくりと進んで、この湿原を見せてくれました。
浜中駅から6km南へ行った所に、霧多布湿原があります。
列車は次第に警笛を鳴らすようになりました。
柵がないから、シカも線路に侵入し放題で、まるでサファリパークにいるかのようです。
落石(おちいし)海岸に差し掛かってきました。
高さ約50mの断崖絶壁の所を、すれすれで通る様はスリルがあります。
遠くに見える先端部分が落石岬です。
午後6時を過ぎ、だいぶ暮れてきました。
エゾシカたちの姿も多く見かけるようになり、警笛に鳴らされて線路から離れるたシカたちは、じっとこちらを見つめていました。
牧場が見え、馬や牛たちが牧草を食べていました。
自分も腹減ってきたな~。
ここは日本最東端の駅です。
仮乗降場のような簡素なつくりですが、周囲は住宅街です。
この先、線路は左へと急カーブし、丘陵地帯を抜けて、18時50分、終着、根室駅。
ついに日本最東端のまちに来たなぁという印象です。
ここから7分程歩いたところのビジネスホテルでチェックインを済ませ、部屋に荷物を置いた後、さっそく展望台へ上がってみます。
日はすっかり落ちましたが、午後7時過ぎだというのに、まちが一望できるぐらい明るいです。
道北のさいはて「稚内」では、時間が非常に限られていたため、美味しいものにありつけませんでしたが、ここではぜひとも食したい。
そんな願望をもってフロントへと下り、係の人に尋ねると、地図を渡してお薦めの店を教えてくれました。
地図を頼りに港の方へ下ること10分、お目当てのお店を見つけ、店内へ入ると、女性だらけの店員さんがあくせくと動き、そのうちの1人に案内されました。
さすが北海道というだけあって、魚の新鮮さや味のレベルが高かったです。
私の住む富山も、「天然のいけす」富山湾を持ち、魚介類の味レベルは相当高いと自負していましたが、ここのは次元が違うぐらいでした。
お店を出ると、すっかり暗闇がまちを包みこんでいました。