留萌本線「恵比島駅」
「栄枯盛衰」。
不謹慎ですが、しかし、どうしても今の北海道の鉄道にはこの言葉を思い浮かべてしまいます。
北海道の開拓に始まり、多くの炭鉱路線を敷いて、沿線に炭鉱町が栄え、戦後、炭鉱が相次いで閉山すると、それに呼応して炭鉱路線も次々と姿を消していく。
時代の流れと言われればそれまでですが、時刻表でスカスカの路線網を見るにつけ、淋しくなります。
その今日にしても、終点の留萌駅まで行くと、1時間10分も待たされてからの折り返しとなり、岩見沢に着くのが夜10時過ぎとかなり遅くなってしまって宿に泊まれなくなるので、やむなく途中の恵比島駅で折り返すことに決めました。
17時35分、深川駅着。
だいぶお腹が空いたので、近くに売店がないか探してみましたが、駅構内の物産展は閉まっており、駅前も見回す限り、何もありませんでした。
これで夕食は午後8時過ぎまでお預けということになります。
ホームに戻り、6番線に停車中の留萌行きディーゼル車に乗って、出発を待ちます。
車内で待っていると、部活帰りと思われるたくさんの高校生たちが乗ってきました。
2年前の夏に乗った時は、2両編成の車内に廃線を惜しむ人々で埋め尽くされていて、祭りのような喧噪さを見せていましたが、今、車内を明るくするのは、通学で利用する高校生ぐらいでしょう。
18時9分、深川駅を出発した列車は、大きく右へと曲がり、北へ北へと進みます。
2年前は、日中、澄んだ青空が広がって、夏なのに爽やかな風が車内に吹き込んでいましたが、今日は灰色の雲に覆われ、陰鬱(いんうつ)な様子でした。
18時34分、恵比島駅に到着。
私1人を降ろした列車は、遠く山の中へと吸い込まれて行き、やがてその姿は見えなくなりました。
次の深川行きは、18時52分です。
雨がしとしと降ってきて、どうせ誰もいない駅ですから、キャリーバッグを木造駅舎の軒下に置いて、駅前へ出ることにしました。
駅前も民家が点在するぐらいで、1日の平均乗車数が10人以下です。
当時、ドラマを見たことはありませんでしたが、オープニングで蒸気機関車がこちらへ向かって真っ直ぐ走っていく様子だけは覚えています。
駅前には、同時に撮影で使われた木造2階建ての「中村旅館」も健在です。
「明日萌駅」の中に入っていいのか逡巡しましたが、鍵はかかっていなかったので、ドアをそっと引いて中へ入ることにしました。
昭和初期の設定で、古めかしい材木や窓、だるまストーブ、旧字体の漢字で書かれた札などがそれっぽい感じで演出しています。
駅名の由来が説明されていますが、いかにも実在しそうな駅名ですね。
主人公の名前が「萌」という、おおよそ大正時代から昭和初期にかけてあった名前とは考えにくいですが、フィクションですから、別に構いません。
ひょっとしたら、「留萌線」というと路線名からも取ったのかもしれません。
人形ですが、雨が降っている薄暗い中で、あの細い目で見つめられると、かえって不気味に思われます。
駅事務室に入ると、だるまストーブの向こう側に机と椅子があり、そこで座っている駅長がこちらをじっと見つめていました。
物語は、大正末期に、捨て子だった萌がこの駅で拾われ、駅長をはじめ、周囲の人々に大事に育てられました。
萌の半生を通して、炭鉱の町、明日萌と鉄道の栄枯盛衰を描いているそうです。
こちらがドラマ上のきっぷ売り場。
参等(三等)旅客運賃とは普通運賃のことで、当時、車両には一等、二等、三等とランク付けされ、当然一等がいちばん上等な車両だったのです。
駅名には架空と実在のものとが混ざり、例えば増別や幌中は架空ですが、旭川や江別、札幌は実在します。
増毛も実在していましたが、2年前に廃止され、微妙な立場となりました。
ホームにはドラマ上の駅名標が立てられています。
初めて見た人は、惑わされるかもしれません。
ドラマでは、結局、明日萌駅は廃駅、鉄道も廃線となりますが、現実でも廃止になりそうだと思うと、なんとも皮肉なことのように思えます。
雨が降り続き、だいぶ暗くなってきました。
遠くの方で踏切が鳴り、その後、ピョーーッという警笛音が聞こえてきました。
18時52分発の列車は、1両のディーゼル車がやってきて、私の前でスーッと停まりました。
降りる人は誰もおらず、車内には先ほど乗った時よりもさらに少なく、4,5名ほどでした。
恵比島駅を後ろへ見遣ると、列車はいつもどおり軽快に走りました。(続く)