嵯峨野観光鉄道2
嵯峨野観光鉄道はトロッコ亀岡駅とトロッコ嵯峨駅を結ぶ全長7.3kmの路線で、山陰本線の馬堀駅から嵯峨駅(現:嵯峨嵐山)間の新線切り替えに伴い、使われなくなった旧線を観光に活用しようと、1991年(平成3年)4月に開業しました。
1年前に会社を発足した時点では、社長を含めて9名しかおらず、線路、路盤、周辺の植樹など、とにかくできることを片っ端から取り組んだそうです。
初年度は年間23万人の利用者を見込んでいたのが、3倍の69万人に及び、おかげで人手不足で社長自らも車両・線路・施設の点検、きっぷの販売・改札業務、トイレ掃除まで行いました。
こうした苦労と様々な企画を打ち出すなど営業努力があって、現在はスタッフの数も増え、2013年度(平成25年度)以降、年間の利用者数が100万人を超えるようになりました。
※詳しい経緯は、嵯峨野観光鉄道ホームページを参照 https://www.sagano-kanko.co.jp/kaigyou.php
嵯峨野線はすぐにトンネルに入ってしまいますが、当路線はそのまま真っ直ぐ険しい渓谷を下って行きます。
と、ここで女性の客室乗務員から記念写真の撮影をしてくれました。
私は写真写りが悪いので、遠慮したかったのですが、相手があまりに早口で言うものですから、よく判らないまま撮影が始まりました。
たしかこんなことを言っていたように思います。
「記念撮影をします。写真を買うかどうかは現像してからとなりますので、今は写真撮影にご協力ください。
はい、じゃあこのボードを持ってポーズを決めてくださいね、格好よく~。はい、チーズ!
ありがとうございます!格好良かったですよ~。」
曖昧な記憶ですから、ひょっとしたら事前に断ることもできたかもしれません。
が、とにかく撮影が終わってからしばらくして、客室乗務員が現像した写真をオリジナル台紙に挟んで持ってきて、
「こちら、1100円となります。」
と言ってきたので、なにがなんだか分からないままホイホイ代金を払ってしまい、できたてホヤホヤの写真をもらうと、やっぱり写真写りは悪かった。。。
こういう無思考ではっきりしない性格が、詐欺に遭いやすいんだなと戒めました。
ま、光沢のあるきれいな台紙と、日付入りのボード、景色が入った写真ですから、いい記念になりました。
一方、隣の外国人グループは喜々として撮影に挑み、ピースサインなどポーズを決め、現像された写真を嬉しい表情でもらっていました。
この客室乗務員は外国人観光客に対しても、英語のみならず、中国語も流暢に話し、本当に日本人なのかと疑いたくなるような語学力でした。
観光業に携わる人は、もはや3か国語ができるのは当たり前の時代なんですね。
川は水量が多く、轟轟(ごうごう)たる勢いで流れています。
これでもしライン下りなんてしたら、ボートは大破・難破し、利用者はタダでは済まないでしょう。
対岸の木々も至る所でなぎ倒されています。
地震じゃないのに、これだけの被害ですから、いかに強い風が吹きつけたのかが分かります。
こんな惨状を見るにつけ、当路線はよく無事だったなと驚きます。
途中、嵯峨野線の下を3回潜ります。
運が良ければ、嵯峨野線の列車とすれ違うかもしれませんね。
トロッコ列車は時速25kmという低速で進みますから、渓谷美やトンネルをじっくり味わえるというわけです。
トロッコ保津峡駅です。
紅葉シーズンになれば人気スポットでしょうが、この日、降りる人はいませんでした。
川を渡り、反対岸へと移ります。
たいして混んでいないので、席の移動ができ、車掌さんも、
「どうぞ、川の見える方へ移ってください。」
と、案内してくれました。
少し経って、対岸に嵐山温泉の建物があり、営業はしているとのことでした。
トンネルに入ると速度を落とし、トロッコ嵐山駅に着きました。
ホームはトンネルを抜けた先の2両分しかなく、したがって、ここで降りる場合は前2両の所まで進まなくてはいけません。
降りる観光客は多かったのですが、残念ながら竹林の道が途中までしか行けず、その先は倒木で塞がれているとのことでした。
ホームにはすでに多くの乗客でひしめき合っていました。
あと、5号車の「ザ・リッチ車」ですが、透明の強化ガラス製の天窓と側面下が黒の格子状になっているほかは、普通車と格別違いはなさそうです。
空席が半分弱あり、この乗車率ならトロッコ嵯峨駅から乗っても良かったような気がしました。
駅舎内にフードコートがあり、ちょうどお昼時でしたので、そこで豚骨ラーメンと生ビールをいただき、お腹を満たしました。