大井川鐡道大井川本線(SL急行かわね路号)
普通列車なら私の持っている周遊パスだけで乗れるので安く済みますが、行きと同じでは味気ないものです。
それで、次の14時53分発、新金谷行きのSL急行「かわね路号」に乗って帰ることにします。
SLに乗るのは小学生の時に乗った真岡鐡道「もおか号」以来ですから、久しぶりとなります。
今回使用される蒸気機関車は、C11形190号機で、1940年(昭和15年)に製造されたものです。
1974年(昭和49年)に熊本で廃車され、八代市の個人が私有されたようですが、2001年(平成13年)に大井川鐡道に入線し、2年近くの大規模改修を経て、2003年(平成15年)7月に運転が開始されました。
戦前生まれの車両ですから、昨今、全国各地で跋扈(ばっこ)している銀色アルミ・ステンレス車とは違い、武骨で重厚感があふれています。
「C11 190」と書かれた緑色のプレートすら、走行歴の重みが感じられます。
燃料(石炭)をくべたり運転したりするのは、熟練の機関士ではなく、若い人が担当するようです。
運転室は高温になるため、この夏は地獄だったのだとか。。。
最後尾には電気機関車E34も付いています。
こちらはSLの補助といった役割で、たぶん新金谷駅で回送する時にも使われるでしょう。
機関車の小さい煙突から、プシューッ、プシューッと白い煙を勢いよく吐き出し、今か今かと待ち侘びているようです。
かように私にとっては楽しみな乗車ですが、1つ気がかりなことがあります。
それは、私は蒸気機関車の汽笛が非常に苦手ということです。
元来、他人の話は聞かないくせに、なぜか音には敏感で、なんの前触れもなしに大きな音を出されると、飛び上がるほどの恐怖を感じてしまいます。
花火の音とか、避難訓練のサイレン・非常ベルとか、列車の警笛とかもダメです。
雷音なんてのはもってのほかで、小学生の時なんか鳴り響いただけで、押し入れに隠れるほど嫌なものでした。
だから、雷が来てるのに、仕事では仕方ないにしても、レジャーをしたり、興味本位で外に出て空の様子を眺めたりするなど、ビビりな私にしてみれば、到底理解できる領域ではありません。
いつか雷に打たれるのではあるまいかと案じますが、それはともかく、汽笛の音が苦手という子供じみた行為はやはり慎みたいものです。
この102列車は客車を4両つないでおり、いちばん後ろなら、汽笛もまだ小さく聞こえるだろうと思い、そちらに座れるよう願っていました。
それなのに、大井川鐡道の方で妙に気を利かせてくれたのか、よりにもよって蒸気機関車にいちばん近い1号車に指定されました。
久しぶりに乗れるワクワク感と、大きな音を出す汽笛の恐怖に、複雑な気持ちを抱かずにいられませんでした。
客車は昭和初期に製造されたほぼ当時のままで、左右に4人がけボックス席がズラリと並んでいます。
床が木でできていて、歩くとギシギシ音を立て、年季を感じさせます。
明かりは点いておらず、全体的に暗っぽいようでしたが、これはのちに点きます。
発車時刻が迫ると、次々と乗客が乗ってきました。
乗車率は40%と少ないですが、どうもこの車両だけに集められていて変だなと思ったら、
「途中の川根温泉笹間渡駅でたくさん乗られてきます。」というアナウンスが流れ、な~ると思いました。
車掌からのアナウンスがひととおり終わると、機関車から「ポーーッ!」と勇ましく汽笛を上げ、ゆっくりと動き出しました。
思っていたほどの轟音ではありませんでしたから、片耳を塞いでいた手を降ろし、ホームから離れる様子をしばし眺めました。
通勤電車とは違い、ゆっくり徐々に動いていく様は、やはり絵になるなと感じ、映画やドラマでの別れのシーンに使われるわけだと納得しました。
列車は幅の広い大井川にピッタリくっついていくように進みます。
表定速度(停車時間も含めた速度)は、およそ32~33kmで、結果的に普通列車の速度と大差ありません。
しかし、この遅さがSLの醍醐味で、のんびり汽車に揺られながら景色を眺められる至高の時間なわけです。
前日(9月12日)の行きは夜にかかっていたこともあって、このあたりの景色ははっきり見えませんでしたが、今日(9月13日)は雨も降らず良好です。
窓枠にはすすがこびりついており、機関車の煤煙が入ってくることをうかがわせます。
トンネルに入る際、煤煙が入ってこないよう窓を閉めるのが普通ですが、開けたままでも案外気になるほどではありませんでした。
ある乗客がそのことを専務の車掌に訊いたところ、今の石炭はあまり煙が出ないよう予め改良されていること、下りでそれほどエネルギーを必要としないことを理由として話していました。
一方、中では車内販売も行われていました。
飲み物やおつまみ、お土産品はもちろん、トーマス号のチョロQなどもあって、3台ぐらいのチョロQが見本に通路をちょろちょろと走っていました。
ところへ老年の専務車掌が来て、ハーモニカを持ち出し、演奏を始めました。
なんだか私の琴線に触れ、気になったので、なんの曲か訊ねると、「高原列車は行く」でした。
「まあ懐メロですね。お客さんに合わせて曲を選んでいます。」とのことで、子どもには「きらきら星」、また別のグループには「炭坑節」を聞かせていました。
趣味でされているのかと思ったら、仕事上必要になったということで、お客さんを喜ばせるためにここまでサービスをつくすことに、いたく感動しました。
さて、再び車窓に目を転ずれば、全長220m「塩郷の吊橋」をくぐります。
吊橋にはこちらに向かって写真を撮っている勇敢な人もいて、ここならSLと大井川、山の風景が撮れるのかもしれません。
地名駅の手前には、全長7mの地名トンネルを通ります。
どんどん車内に乗りこんで、車内はすっかり宴会ムードとなりました。
私の通路を挟んだ向かい側の席には家族連れが降りて行き、なぜか誰も座ってきませんでした。
川根温泉笹間渡駅を出て、大井川を渡り、西岸に移ります。
八十八夜はとっくに過ぎましたが、文部省唱歌「茶摘み」を思い起こさせるような茶畑が広がります。
宿でいただいた川根茶は渋みが効いて大人な味わいでしたが、お土産としていただいたので、帰ってからも楽しみです。
ポーッ、ポーッと汽笛を鳴らし、ちょうど茶を摘んでいた農家さんを振り向かせていました。
大井川と分かれ、五和駅に出ると住宅街です。
1時間16分の乗車で、16時9分、新金谷駅に到着。
清掃員が車内に入って、掃除を始めました。
終われば、まもなく回送されるでしょう。
この列車はたった一区間だけの運行ですが、今乗った102SLのリレー列車と位置付けられるでしょう。
大きく右へと回りこみながら、勾配を登ります。
金谷駅に16時24分、到着。
今度は改札口に駅員がいて、売店も開いていました。
大井川鐡道を乗り終え、いちおう完乗です。
これで東海地方はすべて乗り終えたというのに、どうも締まりがない感じですが、とにかく16時34分発の沼津行き乗ります。
この時間になると、車内は通勤・通学客でいっぱいです。
途中、居眠りを挟んで、沼津駅には2分遅れの18時8分に着きます。
18時59分、小田原駅着。
2日目はこれで終了ですが、ホテルに向かう前に、もう少しやらなければならないことがあります。
明日の朝は、ライナーに乗って上京します。
天下の東海道本線の朝ラッシュなぞ、想像しただけでも恐ろしくなります。
その点、ライナーであれば、必ず座ることができますから、通勤客ではない私にとっては510円払ってでも乗る価値はあります。
財布を見ると、小銭が足りず、隣の改札口で両替してもらい、その間に売り切れたらどうしようと焦りましたが、券売機の画面を見ると、目当ての列車はあと13席残っていて、無事にライナー券を購入することができました。
それから、9月15日(土)から2日分の乗車券と新幹線特急券も購入し、さらにICカードに5000円分のチャージ金を入れ、準備完了です。
駅を出ると、真っ黒の夜空から雨がポツポツと降り出してきました。
昨晩の天気予報では、明日14日(金)は「くもり時々晴れ」となっているはずでした。
部屋のテレビを付け、天気予報を見ると、予報士が神妙な面持ちでこんなことを伝えました。
「明日、14日の天気はガラッと変わります。」(続く)