中央本線1(新宿駅、ホリデー快速ビューやまなし号)
9月16日(日)。
内田百閒氏は『特別阿房列車』の中で、「向こうへ著(つ)いたら、著きっ放しと云うわけには行かないので、必ず帰って来なければならないから、帰りの片道は冗談の旅行ではない。」と言っていますが、まさにその通りです。
新しい路線に乗るときの昂揚感みたいなのは、なかなか湧きませんから、帰りの列車内ではしばしば眠りこけたり、子どもなら早く家に帰りたいという気持ちになるでしょう。
しかし、内田百閒氏以上の趣味人にかかれば、こういう冗談ならない帰路でもなんとか知恵を振り絞って、(本人にとって)上等な旅行にしてしまいます。
具体的には、帰りの道でさえも楽しめる経路なり車両なり等の旅程を仕組めばいいのです。
それで、東京から富山へ帰る場合、いちばん単純なのは北陸新幹線でそのまま帰ってしまうことです。
しかし、これでは百閒氏の言うように、非常に呆気なく終わってしまいます。
他にどんなルートが考えられるのか、いくつか候補を挙げてみます。
上記の他にも亜種があり、鉄道好き(特に「乗り鉄」や「時刻表マニア」)にとっては、時刻表とにらめっこしながら、様々なルートを生み出す楽しさがあると思われます。
逆に言えば、「裏日本」という言葉が示すように、北陸新幹線を使わなければ、それだけ不便な地にあるのでしょう。
私の場合、ルート選定にあたっては、さらに次の4つのことに留意する必要があります。
(A)乗車券には、「週末パス」が残っており、それを使うこと。
(B)なるべく費用がかからないようにすること。
(C)行きとは違うルートで帰ること。
(D)今日中に帰れること
午前8時50分、新宿駅から始めます。
この列車は春から秋にかけての土曜休日にしか運行されない臨時列車で、途中の小淵沢駅まで行きます。
しかも基本的には乗車券のみで乗れますから、お得な列車というわけです。
久しぶりの乗車ですから、さっそくテンションが上がります。
11番線のホームには、すでに10両編成の列車が到着していました。
使用される車両は215系といって、全車2階建てという欲張りな設備を持っています。
私は6号車の2階指定席を取りました。
座席は4人がけボックス席で、これは自由席と同じです。
同じ座席・設備で指定席料金が520円かかりますが、これは着席保証料と考えればいいでしょう。
始発駅ですから、自由席でも座れるかもしれませんが、先にも言ったように、この列車は乗車券だけで乗れる快速列車で、かつ2階建てという珍しい車両と、非常に人気のある列車です。
中央線は観光地ばかりを走ることもあって、始発駅といえど、油断できません。
そんなことで、たとえば大月駅まで立ちっぱなしという目に遭ったら、それまでの景色は見ることができず、苦痛な時間を過ごすことになります。
それならいっそのこと、確実に座れるようにしておくのがいいだろうという考えなのです。
こういう最悪なケースを想定して行動するのを、「マックスミン基準」とか言うそうですが、裏を返せば、臆病ということでもありますね。
そういうわけで、車両の外観の写真を撮るついでに、自由席車を覗いてみたら、半分は空席で、2階席しかない9・10号車でさえも、窓側に空席があるという有様でした。
写真を撮り終え、指定された席に座ると、向かい席のおっさんがたこ焼き駅弁をむしゃむしゃ食べており、終わったと思ったら、もうひと箱取り出して、わっぱ飯を食べ始めました。
旺盛な食欲だと思って見てると、そのおっさんの隣には、おばちゃんが座ってきました。
私の隣には誰も来なかったので、お互いに知らない3人が向き合うことになりました。
向かいとの座席の間隔が狭く、足が延ばすことができませんから、非常に窮屈です。
一方、他の座席を見回すと、だいたい3割ほどの乗車率でした。
9時2分、列車は新宿駅をゆっくりと出発しました。(続く)