ゆき丸の鉄道日記

鉄道旅行や雑記を綴ります。

与那国島9(民宿での出会い)

宿に帰って、女将さんに自転車で島を1周したことを話すと、「本当に周ったの!?」と少し驚いた様子でした。

まあ、私もはじめから1周しようなんて企図せず、結果的にそうなってしまったのですが。。。








さて、今晩泊まる民宿は、赤い屋根瓦を持つ平屋建ての民家といった風で、入り口のすぐ目の前が食堂、右手に各部屋、左手にトイレと風呂が設えています。

入り口は網戸と開放的で、県道に沿う住宅街なのに、車の行き交いが少ないためか、時がゆったりと流れているようでした。

今日は日曜日だから、宿泊者は私1人だけかと思ったら、もう1人20代半ばぐらいの女性も泊まるとのことでした。







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シャワーを浴びてさっぱりしたところで、食堂につき、夕食です。

ご飯の上にのっているのは島の名物カジキ、刺身は近海でとれたマグロ、味噌汁の中に入っている細くて短い緑色のは長命草です。

さらにチヂミ、牛肉と野菜の炒め物など、素朴だけど地元の食材を使った家庭料理で、疲れた身体にやさしい味でした。







若い女性も同席なので、会話も弾みます。

彼女は関西からはるばるやって来たらしく、伊丹空港から新石垣島空港を経て、昼過ぎにこの島に着きました。

うまい時刻にバスがなかったから、大きな荷物を抱えて30分ぐらいかけて歩いたそう。

その後、宿に荷物を置いて、近くのレンタカー・レンタサイクルの店で、私と同じ自転車を借りて東崎(あがりざき)まで行ってみたが、急坂にまいって東崎で観光した後、引き返してしまったという。

明日からは原付バイクに変えて島を1周するというので、「それがいい」と、自転車で1周を実践し、坂に苦しめられた私は賛成しました。

それにしても、彼女はこの島に5日間も滞在するそうで、「離島めぐりが好きなの?」と訊ねると、「大好きです」とはにかみながら答えました。

短大を卒業して一般企業に就職したが、3年で辞め、その後なんと石垣島に2か月間も滞在したという。

「どうやって暮らしたの?」と訊くと、居酒屋でアルバイトをしていたそうで、それなら地元の人と仲良くなったのではと訊ねると、そうでもないらしい。

アルバイトやお客さんはみんな県外出身者だから、そういう人たちと友達になったけど、楽しかった。

この石垣島の体験がきっかけで、離島に興味をもち、以来、再び一般企業に転職したが、休みを利用しては訪れているのだという。

若い女性なのに、なんてバイタリティ溢れる人なんだと、すっかり感心してしまいました。








話下手な私は、初対面の人に対して、はじめはお互いのことが知らないから、いろいろ話ができるけど、そのうち「ネタ」が尽きてきて、沈黙の時間が長くなってきました。

だから、私はおおよそコンパとかには向いていない性分ですが、その様子を察知した女将さんがタイミングよく出てきてくれて、島のことを話してくれました。

人頭税のこと、与那国織のこと、祭りのこと・・・

それらを通して、与那国には他の離島にはない豊かな天然資源があることを教えてくれました。

田んぼがあるから米ができ、畑があるから野菜や砂糖が収穫でき、海に囲まれているから魚や塩がとれ、染料に使える草花木もあり、そして何より川が流れているから天然水がある。

他の離島ではこれらのうち、どれか一つ以上は欠けているけど、与那国ではどれもが揃っている。

他の離島に比べて人頭税の取り締まりがとくに厳しかったのは、そういう背景があったからだと、女将さんはこの島のことを少し誇らしげに語ってくれました。








女将さんの話を聞いて、なんとなくしっとりしたムードに包まれると、外の方で「ギャーギャー」と鳥の鳴き声が聞こえました。

「あら?サギね。これは何か良くないことが起こりそうだわ」と女将さん。

「本土ではカラスが縁起悪いでしょ?でも与那国では、昔からサギの鳴き声を聞くと悪いことが起こる言い伝えがあるの。真上に飛んでいたら、それはもう効果てきめんよ」

まだ旅行は終わっていないのに、そんなおっかない情報は出さないでくれと思う。

そういえば、この島でカラスの姿を見かけなかったような気がします。







彼女が煙草を吸いに外に出て、一服し終わると、「星が少し見えたけど、曇っているのかな?」と言ったので、私も外に出て見ると、うっすらとではあるが、小さな星の粒が無数に点在して広がっていました。

県道には車が通る姿はなく、まして人影も見当たらない。

静寂の町並みに海からの涼しい風が吹き抜けて、ああ、やっぱり島の夜なんだなと感じました。

けれども部屋に戻ると、外の涼しさは微塵にも感じられず、暑くて冷房を付けざるをえませんでした。

布団に入ってもサギのことは気にかかりましたが、疲れていたのか、あっという間に眠りに落ちました。








翌朝、11月5日(月)。

午前7時半に朝食です。



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民宿ではごく一般的な朝食だけど、これで満足です。

彼女は生卵が苦手らしく、申し訳なさそうに残すと、「あら~。卵も与那国産なのに、残念」とニコニコしながら膳を下げました。

今日は彼女の方は午前中に、ナンタ浜で海水浴を楽しむのだそう。

11月なのに海に入れるのかと思うのだが、そこは離島慣れしてるから、傾向が分かるらしい。

けれど、昨日私が見た限りでは、漂流物が多く散らかっていて、あんなゴミだらけの浜で泳ぐのかとも思ってしまいました。

一方、私は、昨日休館だった「与那国伝統工芸館」に行ってきました。

与那国織は、人頭税が課せられた中で、独創と工夫をもって高められていきました。

そのため、写真の織女のおばあちゃんの手には、無数のしわだらけで、まさに職人の手です。

もちろん、織女はそんな高級品を着られるわけありませんから、「ドゥタティ」と呼ばれる簡素な服を着ていたそうです。

およそ500年と古い歴史を持っていますが、残念なことに、ここ最近は後継者不足に悩まされ、存続の危機に瀕しているのだそう。

人口減少は文化継承にも影を落としています。






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自転車をレンタサイクル店に返却し、宿に戻って会計を済ませます。

9時50分の空港へ直行するバスに乗るつもりでしたが、島をぐるりと周って空港に到着する9時15分発に予定を変更しました。

女将さんにお礼を言い、バス停に向かって歩き、日本最西端の路線バス巡りをします。(続く)