日本トランスオーシャン航空[JTA]58(那覇空港~福岡空港)
「15時15分発、福岡行きの便は、ただいま1人定員オーバーとなっております。申し訳ございませんが、18時20分発に乗っていただけるお客様がございましたら、係にお申し付けください。協力マイル7500ポイント、または協力金1万円をお渡しします」
どうやら、オーバーブッキングが発生したらしく、出発ロビーで待っていた人たちが少しざわつきました。
「俺も大学生だったら、喜んで行ったんだけどな~」と、家族連れのお父さん。
「お前行けよ」
「嫌よ」と冗談めかして話し合うカップル。
貯金に乏しく、一人身で、しかも時間に融通がきく、打ってつけの人なら、まさにここにいます。
今日中に着けないこともないですが、やはり遅くなる分、明日の体力が心配です。
出発15分前になってもまだ候補者は現れないらしく、「協力金2万円を差し上げます」と倍額になりました。
いよいよ私の心はぐらつき、2万円という大金をすぐに手に入れられるチャンスです。
しかし・・・
改めて搭乗券を見てみると、私の席は「1K」となっています。
これまでの経緯から、この座席は先頭の窓側だと推察されます。
しかも、到着が17時と、ちょうど夕暮れ時。
ひょっとしたら、機内から絶妙のタイミングで夕日を眺められるかもしれません。
こんなチャンス、そう滅多にあるものではありませんから、2万円では安すぎます。
そういう結論をもって、私は2万円ゲットのチャンスを手放し、機内からの夕景を取ることにしました。
そして、件の候補者は現れ、ビジネスマンの紳士が係の人に申し付けて、受付の方へと案内されました。
きっとお忙しいのに、このビジネスマンには申し訳ないことをしたと、心の中で謝罪と感謝の念をもちました。
ただ、このオーバーブッキングを生み出す「フレックストラベラー」という制度は、どうも腑に落ちません。
当日キャンセルを見越して、多めに予約を受け付けるとはいえ、そこまでして儲けたいのかとも思ってしまいます。
どれぐらいキャンセルするのかを予想し、発生した場合には、現場の係の人がいちいち呼びかけて乗客に協力を仰ぐ。
候補者が現れれば、協力金を支払い、乗車変更の手続きをする。
それで済むならまだしも、もし候補者が現れなかったり、過剰に予約を受け付けたりしたら、いったいどうするんだという素朴な疑問が浮かびます。
航空会社もプロとはいえ、こんな煩雑で際どい制度は廃止にして、現場で働く人の負担軽減(またはコストカット)、予約したお客さんも安心して乗れるようにすべしと思われます。
それに、キャンセルで空いた席は、急遽乗る人もいるだろうから、そういう人に回せば十分です。
と、素人の考えだから、これ以上無意味な議論を持ち出してもしょうがないので、これでやめます。
機内に乗り込むと、席はにらんだ通り、先頭窓側でした。
窓の外を見ると、真横にあの忌々しいプロペラや翼はなく、視界いっぱい広がる景色を楽しめそうでした。
空港、沖縄本島が小さく見え、ああ、これで沖縄ともお別れなんだなと、しみじみ思いました。
所々点在する島を見下ろしながら、飛行機は順調に飛ばします。
綿雲が無数に連なり、その上は紺碧の空で、これが成層圏なのかと見紛う景色です。
地上ではどんなに高くても、8848mのエベレストが最高ですから、それをも上回る天空の景色を簡単に見られるのは、飛行機ならではですね。
3日ぶりの九州です。
飛行機は枕崎から西側の海岸線や東シナ海を北上していきます。
福岡空港へは北から降りるようです。
このため、飛行機は玄界灘の上でぐるぐる旋回して、時間を稼ぐことになりました。
逆に利用者の少ない所では、早く着くようです。
そんな法則が成立しつつする中で、私のような暇人ならまだしも、家族連れやビジネスマンにとっては、たまらないでしょう。
オレンジの光を放つ日が左から右へ、そして右から左へと移ります。
その間、別の飛行機が「お先に失礼」と言わんばかりに、福岡空港に向かってスーッと降下していきました。
滑走路が空いたらしく、当機も着陸態勢に入りました。
窓の外には、もうすぐ落ちる夕陽が玄界灘を照らし出しています。
期待以上の福音で、この点は遅れて良かったと思います。
高速道路と「博多臨港線」の福岡貨物ターミナルの上を通過し、箱崎の街中すれすれを突き進みます。
福岡空港が、こんな街中にあるとは驚きで、もし墜落なんてしたら機体のみならず、街もただではすまぬだろうと頭をよぎります。
当機は無事に着陸し、定刻より20分遅れて、17時20分到着です。
荷物の受取場で待っていると、
「お兄さん!」と男の人の声が。
振り向くと、2日前にひめゆりの塔から首里駅までご同行した、アビリンピック出場の男性がニコニコして立っていました。
まさか、再開するとは思わず、奇跡の出会いってあるんだなと思いました。
「大会はどうでしたか?」と訊ねると、
「うん・・・、まあまあ」と曖昧な返事をしたから、たぶん芳しくなかったのでしょう。
それに、女性の方はおらず、先に帰ってしまったのでしょうか。
「じゃあ、これで」とだけ言って、男性は先に出口の方へ行ってしまいました。
私の方も、回ってきた荷物を受け取り、出口を抜けます。
腹が減ったので、空港内のレストランで親子丼を食べ、夕食を済ませました。