ゆき丸の鉄道日記

鉄道旅行や雑記を綴ります。

輪島観光4(時國家)

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曽々木口バス停から歩くことおよそ10分、重要文化財の「時國家」にやってきました。

時国家には本家と分家があり、こちらは分家「時國家」(下時国家)で、本家「時国家」(上時国家)はここより300mほど南の所にあります。

今回はバスの時間の都合上、分家のみを見学しました。








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1185年(文治元年)、能登に配流された平大納言時忠が、当地より南の宇出津の方で村をつくったのが始まりだそうです。

しかし、1606年(慶長11年)にもともと加賀前田藩領に所属していたのに加えて、越中土方藩領の支配も受ける、二重支配となりました。

両方の藩に納税しなくてはいけないことから、1634年(寛永11年)、13代藤左衛門時保は二家に分立することを決め、当人は加賀藩領である当地に移り住みました。

基本的には、農業、塩業、回船業など、幅広く手がけて生計を立てていたそうです。







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大土間です。

玄関にあたるわけですが、広々としています。

先ほどまで直射日光を浴びていましたから、やっと一息つくことができそうです。

ここでは、時々、村人たちに開放して、会議をしたり、正月にお餅をついていたりしていたそうです。

土間を上がると、すぐに囲炉裏(大広間)です。







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和室です。

落ち着いた雰囲気がいいですね。

こういう部屋が他にもいくつかあります。






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縁側に来ました。

目の前には、庭園が整えられ、池に岩、そして松が立っているのは、どこの庭園も共通なのでしょうね。

池の形が、長寿を意味する「カメ」に見えなくもないです。

これだけ見れば、気持ちよさそうな所ですが、縁側にはカメムシが大量にいて、とてもくつろげる雰囲気ではありませんでした。

管理人さんも掃除はしているみたいですが、それでも追いつかないほど発生しているらしい。

踏みつけないよう気を付けて、後にしました。。。








屋敷の一番の見所は、隠し部屋です。

この部屋は主人が寝室用として使われていましたが、防犯のため、窓は一切なく、したがって、夜は真っ暗闇に閉ざされます。

奥まった所に位置し、そこまで行くのに途中、2つの部屋を通らなければなりません。

昼間はたどり着くのにどうってことはないですが、夜は完全に暗いですから、寝室を探し当てるのに一苦労します。

柱は漆黒で見えず、さらに引き戸にも細工が施してあって、簡単に開けることはできないようになっています。

細工と言っても、とんちの効いた子供だましなもので、要するに扉には本来付いているはずの物が、外側だけが付いておらず、なかなか引けないようになっているのです。

だから、たとえ盗人が侵入したとしても、暗闇の中、大土間から大広間へ上がり、2つの部屋を通り抜け、そして引き戸のカラクリを見破って開けなければなりませんから、その間に使用人とかが異変に気が付いて、追い払うことができるわけです。

このように、防犯上、いろいろと工夫が凝らされている面白い屋敷だなということが分かりました。

ちなみに、本家は2015年あたりにリニューアルが施されましたが、この分家は一度もリニューアルされておらず、基本的に江戸時代のままです。

母は子どもの頃、こういう昔ながらの民家に住んでいたことを思い出し、懐かしみながら見てました。







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私達が時國家をあとにしたのとちょうど入れ替わる形で、観光バスが入ってきました。

これから団体ツアー客が見学するのでしょう。

縁側にいる大量のカメムシを見て、どんな反応をするのやら。。。







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午後4時半を過ぎると、暑さが引いて、今度は涼しくなってきました。

日が沈みかける里山を見て、「綺麗な景色だね」と母。

曽々木口バス停まで歩き、16時55分の輪島駅前行きのバスに乗りました。

次は、白米千枚田です。(続く)