ゆき丸の鉄道日記

鉄道旅行や雑記を綴ります。

長野電鉄

11月27日(月)のBSジャパン「出発!ローカル線」をチラ見して、久しぶりに乗りに行きたくなったので、前回11月26日(日)の京都鉄道旅行から1週間も経っていないにもかかわらず、懲りずに鉄道旅行してきました。





北陸新幹線黒部宇奈月温泉駅で、出発は11時32分。

鉄道ファンとしては非常に遅いが、早起きが苦手だし、近場だからこれぐらいがちょうど良いのだ。

東京行きの「はくたか」の自由席に乗車し、早速、JR東日本発行の雑誌『トランヴェール』に目を通す。

沢木耕太郎「旅のつばくろ」の題が「点と線と面」とあり、中身を読むと、わが意を得たりだった。

そもそも観光地という「点」に行ったからといって、その土地を理解したことにはならない。

これは常々感じていることで、沢木の文章と趣旨はやや違うが、私はむしろ移動も含めた「線」も観光に取り入れたらいいなと考えている。

そして、その「線」でぐるりと囲んで「面」、あるいは「円」(移動の観光ではこの言い方がより正確な気がする)を辿れば、よりその土地(地域)を理解することが可能となる。

私のお気に入りである福井県東尋坊なんかはまさにそうだ。

東尋坊のことについても語りたいところだが、脱線してしまうので、止めにする。


12時22分、長野駅に到着。



長野電鉄(長電)の長野駅は地下にある。

定期券売り場で「1日フリー乗車券」を購入。

1860円。

これから私が乗ろうとする区間は、長野駅から終点の湯田中駅までの往復で、本来は片道1160円、往復2320円。

したがって、2320円-1860円=460円お得なわけである。

なお、今回は特急に乗るため、別途100円が必要である。

13時28分の出発まで1時間弱あったので、近くのうどん・そば屋で山菜うどんをかきこむ。

それでもまだ40分余ったので、地上に出てスタバでドリップコーヒーのショートを注文する。

窓向けの椅子に私が座ろうとした時、右隣の若い女性が席を離れていった。

「ありがとうございます!」と店員が言ったので、店を出たのかと思いきや、別の席で本を読み始めた。

一方、左隣の男性は何やら一眼レフ、それもなぜか2台をいじくっていた。




13時15分。

そろそろ頃合いだと思い、スタバを後にし、再び長電の地下のコンコースへ。


2番線に特急「ゆけむり号」がすでに停車していた。

この車両は元小田急電鉄の特急「ロマンスカー」で使われていて、先頭が展望車。中間は少し高いハイデッカー車となっている。

私は3,4年前に初めてこの路線に乗ったが、その時は同じ特急でも「スノーモンキー号」で、元JR東日本の特急「成田エクスプレス」の車両だった。

だから、今回の「ゆけむり号」は初めての乗車だし、小田急の時代でも乗ったことがなかったから、なお気持ちが昂った。


ちなみに3番線には13時32分初の普通列車信州中野行きで、元営団東京メトロ日比谷線の車両である。

それはともかく、すぐに先頭車の展望席に向かったら、やはり停車してからだいぶ経っているからか、満席だった。

仕方なしに中間のハイデッカー車に移動したが、ここは外国人の夫婦と私以外は誰もいなかった。




それにしても、長電の1日フリー乗車券は、サイズが大きい。

右の特急券と比べてみると、6倍以上である。



切符の大きさ比べをして遊んでるうちに、13時28分、長野駅を出発。

複線のまま市役所前、権堂、善光寺下と地下区間をゆっくりとしたスピードで走行する。

そして、地上に出て急に明るくなり、住宅街を抜ける。

やがて北陸新幹線しなの鉄道をオーバークロスし、朝陽から単線になる。


13時45分、須坂駅に到着。

ここは今乗っている長野線のほかに、2012年4月に廃止された屋代線があった。

須坂駅から屋代駅までバスで廃線を辿るのも一興であり、実はこのルートも入れてみようと苦心したのだが、とうとう接続がどうにもこうにもうまくいかず、断念せざるをえなかった。


列車は北へと進み、13時50分、小布施駅に到着。

江戸香る文化の町とあって、外国人の人気が高く、やはりたくさん乗ってきた。

次の停車駅、信州中野は童謡「故郷」の作詞者、高野辰之の出身地。

ここから向きを東へ変え、山の方へと向かう。

勾配が30~40‰(パーミル:ここでは1000m進むのに30~40m登る)ときつく、いろは坂のごとく、ジグザグに登っていく。

途中の夜間瀬(よませ)駅は、なんとなく趣のある名前だなと感じた。

14時15分、終点の湯田中駅に到着。

改札口はやっぱり外国人で賑わっていた。




標高599.76mで、周辺には湯田中温泉のほか、志賀高原行きのバスも発着している。


しかし、それにしても、駅入り口とタクシー乗り場との距離が近すぎじゃね?と思う。

歩行者は行き交う車に細心の注意を払い、神経を集中させて歩かねばなるまい。

湯田中温泉駅の滞在は僅か15分、14時30分発の折り返しの特急列車に乗り、あっけなく終わった。




今度こそ、展望席!

・・・は、半分叶わなかったが、それでも先頭から2番目の席に座ることができた。

ホームから列車の写真を撮っている人がいて、自分も写るのでは?と思い、視線を下へずらした。

右斜め前のオッサンが何やら吸盤フック付きのビデオカメラを取り出し、それを前面の窓に貼り付けた。

所謂、「前面展望」というやつである。



眺めは格別のものだが、しかし、よりによって逆光とは想定外。

カーテンなど日差しを遮るものはないし、これは展望席の欠点だ。

そう思うと、もし踏切内で車が立ち往生してたら、真っ先に犠牲者となるのでは、という物騒なことまで浮かんでしまった。

15時ちょうどに再び須坂駅を出発し、私の2つほど後方の席に2歳ぐらいの男の子とその父親が乗ってきた。


やがて、列車は隣に国道406号線と並行し、鉄道道路併用橋である村山橋を渡る。

眼下には千曲川が流れる。

と、後方の子どもが「しゅっぱ~つ!」とか「ウォーー!」とか、「ピチピチ」と片言の言葉をしゃべり始めた。

それを聞いた右斜め前のオッサンが、じろりと見る。

地下区間に入ると、いよいよ父親が暗闇と照明が交互に流れるのを見て、「電気、電気、電気」と子どもに語りかけた。

権堂駅に停車し、この親子は降りていった。

そろそろと走り、15時17分、終着の長野駅

地上のJR長野駅に向かう途中、両親に手をつながれた女の子が頻りに「電車♪電車♪電車♪」と呟いていた。



JR長野駅からしなの鉄道北しなの線に乗る。

時間は確か15時30分前後だったと思う。

それに乗ると、妙高高原えちごトキめき鉄道妙高はねうまライン直江津行きに接続し、さらに直江津駅で少しばかり待つことになるが、17時33分のえちごトキめき鉄道日本海ひすいライン泊行きに乗り、18時48分到着。

泊駅であいの風とやま鉄道線19時6分の列車に乗って帰るという算段だ。

ゆとりがあるとは言えないが、乗車券の購入なぞすぐにできるし、それなりの速さで行けば間に合うだろうと吞気に構えていた。

ところが、思い込みというのは実に恐ろしいもので、在来線の改札口上の電光掲示板を見ると、次の北しなの線妙高高原行きは16時6分ではないか。

付近の発車時刻表を見ると、その前は15時12分。

つまり、私が乗った特急列車が長野駅に到着した時は、すでに5分発車していたのだ。

慌ててみどりの窓口に行き、備え付けの時刻表で調べてみる。

このまま16時6分の列車に乗ると、妙高高原には16時55分。

ここで、妙高はねうまラインが17時7分発で接続はOK。

そして直江津が17時59分着で日本海ひすいラインに乗り換え。

本数が少ないにもかかわらず、18時9分の泊行きがあり、ビンゴ!

これなら行ける!と期待した。

ところが、けしからぬことに、泊駅が19時32分にもかかわらず、あいの風とやま鉄道の19時46分発[580M]が「土曜休日運休」なんて書いてあるではないか。

その次の列車は、なんと20時24分まで無い!

泊駅は一度周辺をぶらついたことがあるが、夜に見所などあるとは思えない。

そもそも、12月の時期に夜の外をうろつくなど、想像しただけで震えてくる。

それなら、居酒屋で一杯ひっかけようかとも思ったが、間の悪いことに、スマホの電池残量が瀕死状態。

スマホ無しで運良く見つけたとしても、外れを引いてしまったら、旅の終わりに締まりがなくなる。

したがって、この案は採用できない。

ならば、長野駅を1本遅らせて、17時3分発だとどうか。

これに乗ると、妙高高原には17時47分着で、18時ちょうどの列車に乗り換えて、19時に直江津に到着。

19時8分発で泊駅は20時22分に着き、うまいことつながる。

だが、正直なところ、さすがに長野駅に1時間以上待ちぼうけはしたくないし、帰る時間が遅くなる。

明日は午前中に仕事が入っているから、なるべく早く帰りたい。

諦めて、新幹線に乗って帰るかどうか、途方に暮れた。









ホテルハイマートの駅弁「釜ぶた弁当」を直江津駅出発後、車内で食べた。

17時33分。

外はすっかり暗闇に包まれていたが、気持ちは融然としている。

無事に乗車できて安堵したのだ。




・・・長野駅で大失態を犯し、どうしようかと考えを巡らせているうちに、1つの妙案がひらめいた。

新幹線の改札口上の電光掲示板を見ると、15時58分発「はくたか567号」金沢行きがあった。

急いでみどりの窓口に戻り、時刻表で確認する。

この新幹線に乗ると、飯山駅を通過し、上越妙高駅に16時17分に到着する。

そして、えちごトキめき鉄道線の頁を開いて探すと、ちょうど16時35分発の直江津行きがあった。

これは長野駅15時12分発の列車から妙高高原16時1分発に乗り継ぐはずの列車であり、要するに間に合うことが判明したのだ。

ちと余計な出費が発生するのは惜しいが、被害は最小限に抑えられそうである。

と同時に、これは鉄道ミステリー小説に出てくる(らしい)トリックに使えそうだと、一人得意になったりした。

かようなわけで、私は無事17時33分の泊行きに乗車できたのである。

有間川駅を出発し、列車は全長11353mの頚城トンネルに入る。

退屈な風景だが、旧線は海沿いを走っていた。

この辺りは地滑り多発地帯で、運行もさぞ苦労しただろうなと思う。

糸魚川駅を過ぎ、艶やかな名前とは裏腹にとんでもない暴れ川である「姫川」を渡る。

この川は表向き穏やかだが、実は激しい性格をもっているという点で、人間の一面を表していると思えなくもない。

青海を出ると、北陸最大の難所「天険の親不知」を走行する。

奥の細道』で、松尾芭蕉が遊女に一緒に連れて行ってほしいと請われたが、危険な道中を共にすることができないことから、断ったという話がある。

私なら道中侍らせたいなぁと、よこしまな気持ちが起きつつも、しかし得体が知らない上に、下手をすれば「姫川」のような性格だったら大変だという考が広がってきて、やっぱり思いとどまるだろう。

そんなくだらないことを考えているうちに、列車は18時48分に泊駅2番のりばに到着。

この列車は5分後の18時53分に折り返す。

一方、あいの風とやま鉄道線は、平日であれば快速「あいの風ライナー1号」が18時42分に同じ2番のりばに縦列停車するはずであり、折り返し18時50分発の快速「あいの風ライナー4号」金沢行きとなる。

今日は土曜日なので、快速列車はいなくて、次の普通列車が18時59分に到着する。

つまり、18時59分に到着する普通列車は、あと6分のところで、18時53分の直江津行きの列車を逃すのである。

こうして、乗り換え客のいないまま、53分に今乗ってきた道に戻っていった。

そして、18時59分、あいの風とやま鉄道線4両編成の列車が到着した。

最寄り駅に着き、寒いので、小さい居酒屋に入り、燗酒とおでんをつまみながら振り返ると、やっぱり内田百閒の言う、生きていくうえで何も役に立たない列車旅行「阿房列車」が思い浮かんだのであった。